1900年代の半ばを過ぎた頃から、欧州のオランダ,ベルギー、オーストリア地域においてフランス・ブリュッヘン、グスタフ・レオンハルト、クイケン兄弟、ニコラス・アーノンクール等を中心として、18世紀以前の音楽を当時使用されていた楽器、あるいはそれらのコピーを用いて、当時の音楽習慣に基づいて実践する試みが始まりました。
19世紀以降20世紀前半までは、重厚かつ圧倒的な音量を可能にする大規模なオーケストレーションによって権威と格調を重んじる演奏が一般化し、これに見合うような演奏方法や解釈が発展し、定着して来ました。
そして、同様な演奏方法や解釈に基づき、17,18世紀の音楽も演奏されてきたのでした。
レオポルド・ストコフスキー編曲によるJ.S.Bachの 『トッカータとフーガ ニ短調』 はその好例と言えましょう。
ブリュッヘン達が行った試みは、音楽習慣に対する時代考証を重視し、楽譜から得られるあらゆる情報をもとに、個々の楽器の特性を生かしながら、その当時の作曲者や演奏者の美意識に立って彼等がイメージした世界を忠実に再現しようとするものでした。
そこに現出した音楽は生命感や躍動感に満ち、前述のような19世紀以降実践されてきたアプローチに対してアンチテーゼを示したものと言えます。
今日、このような理念に基づいて演奏される18世紀以前の音楽を、特に古樂(Early Music)と呼び、欧米に留まらず、わが国においても広く認められるようになっています。
このように古樂を実践する場合、その当時出版されたオリジナル版に当って見ることは大変有意義です。
オリジナル版は作曲者の意図を最も忠実に反映していると考えられ(当時の海賊版など一部の例外もありますが・・・)、また実用的にも十分耐え得る印刷品質を持っています。
それどころか、オリジナル版には17,18世紀の時代を反映する趣が譜面の至る所にちりばめられ、現代譜よりもはるかに美的な感があります。
例えば、表紙に様々な楽器を組み合わせた装飾が施されたり、あるいはコレルリやヘンデルの楽譜には作曲者自身の美しい肖像画が描かれていたりします。
また、フランスの作曲家の譜面(Ex.M.マレー;ヴィオール曲集)にはあちらこちらに装飾模様が挿入されていて、譜面そのものに時代性や芸術的な雰囲気を感じさせるものがあります。
更に、現代では使われなくなった当時の装飾法に関する特殊な記号(装飾記号)についての説明や、作曲者自身による音楽描写に関する記述が盛り込まれていたりする場合もあり、古樂を実践する上で貴重な情報源となります。
後世出版されたリプリント版は編者の主観的な解釈が強く反映される場合があり、オリジナル版には無いアーティキュレーションや様式にそぐわない装飾が施されたりすることがしばしばあります。
リプリント版を用いる場合、それらを検証するためにもオリジナル版との比較検討は大切になります。
オリジナル版の多くは、現在大英図書館をはじめとする欧米の国立図書館や音楽大学の図書館等に所蔵されていますが、貴重なコレクションでもあることから一般的には直接手にすることは困難です。
そのため、欧米の楽譜出版社からそれらのファクシミリ版として数多く出版されています。
これまでに出版されているファクシミリ版はすべて冊子形式で、出版社によって大きさもまちまちです。
一方、17,18世紀の楽譜は、6曲あるいは12曲を一冊にまとめて出版されることが多く、一冊のボリュームはかなり大きくなります。
更に、三重奏,四重奏などの多編成の曲は何分冊にもなり実際に演奏に用いる時などに不都合を感じることがあります。
結局部分的にコピーして使うことになるのではないでしょうか。
現代の限られた生活空間の中でボリュームの大きな楽譜を収納するスペースを確保するのも厳しい状況にあります。
デジタルファクシミリ版は、世界規模で加速するIT技術革新を背景に、以上に述べたような実用面の諸問題を解決すると共に、IT技術を最大限に活用するために生まれました。
IT技術の活用により以下のようなメリットが得られます。
デジタル化することにより、かなりのボリュウームの楽譜を1枚のCD−ROMに収めることが可能です。
オリジナルドキュメントに起因する欠点(シミ、裏写り、カスレ等)がコンピューター上で修正可能となり、実用性が高まりました。
デジタルドキュメントを扱う際の世界標準とも言うべきAdobe社のPDFファイル形式を採用し、Adobe Reader(フリーソフト)によって誰もが簡単に従来のファクシミリ版と変わらない印刷品位でプリントアウトすることが可能となりました。
また、必要なときに、必要な部分を、必要なだけ、何度でもプリントアウトできることも大きな利点です。
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